隆との付き合いはすでに1年近くになっていた。彼は定期的に電話をよこした。毎晩10時前後になると判を押したように電話が鳴った。あまりスポーツをしない月子は、テニスとかスキーに今ひとつ積極的になれず、夜に食事に行くか、飲みに行くかのパターンが続いた。良い人だった。特別癖も無く、健全で、それなりに話題もあり、魅力もあるとは思った。月子も昔よりは結婚に対して気持ちがあったし、このまま付き合いが順調であれば結婚を考えても良かったと思う。しばらくすると隆からはそれとなく結婚をほのめかす発言が出るようになり、学長からもそろそろどうかという押しの言葉が入り始めていた。

しかし、皮肉なことに月子の周辺は、このまま結婚して家庭に入るより、仕事にエネルギーを使えと示唆する動きに変わっていった。今年に入ってからご無沙汰していたA氏から連絡が入り、企画段階だが、脚本の下訳の手伝いをやってみないかと誘われたのだ。願ってもいない話だった。1週間に1度、A氏の事務所に行って作業をすると言う。他にもアシスタントの女性が2人いるらしいが、この機会は月子にはひとつの転機になる気がした。勿論、やらせて欲しいと即答した。

2回目の2人の誕生日は隆の部屋で祝った。隆37歳、月子34歳、いつ結婚してもおかしくない年齢だった。 タロットもある程度できるようになっていた月子は、隆と自分が結婚するのかしないのかを占うことにした。隆は「占いで決める、ふさわしいよね」と言いながら高笑いした。月子は高笑いを耳にしながら、ラバーズブリッジ法で占うことを決めた。   
                   
誕生日は晴天が多いはずだった。だがあいにく台風のような悪天候だった。珍しいことだった。何となく不吉な誕生日ではあったが、タロットの占いには逆にふさわしい気がした。ろうそくの炎だけにして部屋の灯りは全て消した。神聖な気持ちでシャッフルとカットをし、カードを並べた。隆はさすがに慣れているのかじっと目を閉じ静かにしている。

結果は「The Moon 月」、障害は「The Hanged Man 逆吊られた男」だった。隆はタロットにはそれほどの知識は無かったが、ある程度は理解できた様子で、表情がわずかに曇っていった。悲しい終わりを迎える可能性があるという月の意味。そして、何か立ち直れないような致命的な出来事が障害になるという逆吊るされた男の意味。リーディングは占う人にもよるだろうが、月子はまっすぐな心でそう解釈した。自分達のことを占うのは客観的になれないという意味で難しいが、月子はきわめて冷静なつもりだった。

翌年の2月、母が緊急入院した。年末年始には必ず両親のもとへ帰省し、武蔵と朝から晩まで過ごすことにしていた。正月に帰省した時には、武蔵は父母にも懐き、すっかり田舎の環境に馴染み、本来の健康を取り戻し、全身の毛のつやも良好で、定期的な検診も受け、病気ひとつせずに健全そのものだった。父が週に1度は海岸に連れて行き、自由に運動をさせていると言う。あの時の苦渋の決断は正しかったのだと月子は安堵感で浸った正月を思い出した。あの時の母は顔色も良く、体調の悪そうな様子は微塵も感じられなかった。父は、持病の糖尿病が原因で他の病気を併発したのかもしれないと言う。

父の会社が倒産して以来、母は借金の返済のために、ちょっとした小料理屋を始めた。母の才覚と努力でそれなりに収益をあげるようになり、借金の大半はその店のお陰で返済できるまでになっていた。働き者の母は休むことなく毎日店を開けた。だが、長年の苦労が祟ったのだ。老齢もあった。2月の寒い朝、台所で仰向けに倒れている母を、武蔵の散歩から戻った父が発見した。

月子はひとり仙台に向かっていた。母が入院しているという私立病院には、父と先に到着した妹が待っていた。ひとまわり以上も小さくなった母は「忙しいのにすまないね」と、消え入るようなか細い声で謝った。「早く元気になってくれないと…心配で仕事もできないわよ」意識して元気な声で答えたが、頷く母の眼にはうっすら涙が光っていた。

月子は胸が締めつけられるような気がした。思えば、何ひとつ親孝行をしたことが無かった。好き勝手なことをして、武蔵の面倒まで看てもらって、今だに独身でいる娘。アメリカに出発する前夜に、母と激しく口論したことがあった。成田のホテルの部屋で「もうアメリカに行って日本になんて帰って来ないからね、もう母上とはこれっきりだよ」子供じみた言葉を母に吐き捨てたあの夜。翌朝、飛行機が離陸した瞬間、母はどんなにか淋しい気持ちになっただろう。若かったとはいえ、残されていく者に対してあれほどの残酷な言葉はなかったと思う。今さら悔やんでも仕方がない。その夜は妹と近くのビジネスホテルに泊まった。1日だけ休みをもらった。父は武蔵の面倒もあるので先に家に帰った。

妹と月子は明日の夜までには東京に帰らないといけない。その夜、月子はなかなか熟睡できないまま朝を迎えた。妹も同じだったようで、2人とも疲れた顔で母の病室に寄り、午後は2人で街に出た。母に新しいパジャマとスリッパをプレゼントするためだった。柄物が好きな母のために、大きなひまわりの花が咲いている黄色のパジャマと、お揃いのスリッパを購入し再び病室へ戻った。

母は窓に顔を向けて眼を閉じていた。眠っているのかとても穏やかな表情に見えた。電車の時間が迫っていたので、そっと母に声をかけると、

「いつから来ていたの? 夢を見ていたの、起きる直前まで。まだ小さい月子が浜辺の砂で家を作って、波に壊されるたびに、どうして壊すの、波なんて大嫌いって泣いてね…」

いつも何かあるとすぐに泣きべそをかく子供だった。月子の目には母が昨日よりさらに小さく見えた。               

その後、母は無事に退院し、店は閉店することになった。借金はほとんど清算していた。後は年金でも贅沢をしなければ充分に生活できるという理由からだった。母はすでに62歳、老後をのんびりしても良い年齢になっていた。
 
35歳の誕生日を迎えたその日、月子は38歳になった隆と結婚した。不安はたくさんあったが、それよりも母を安心させたかった。夫婦の誕生日と結婚記念日が同じ日になった。嫌でも結婚した日を忘れることはないだろう。義理の母になった学長の生家が日蓮宗の寺院ということで、式は生家で行い、年齢的にもそう若くないということで、披露宴も、身内だけを集めた簡素なお祝い会のようなスタイルにした。その代わり新婚旅行は奮発した。スペイン、イタリア、ベルギー、そして最後にイギリスへと飛んだ。新居は、隆の父が所有する幡ヶ谷のマンションに決まった。新宿都心部の夜景が見えるペンションタイプの3LDKの間取りだった。

隆は不動産と、占いの学校の経営に集中し、学長はあくまでも相談役という立場に変わり、月子は派遣の仕事を辞めてしばらくの間は専業主婦をしながら、脚本の勉強を続けるつもりだった。A氏の下訳はそれなりに評価されたが、同じポジションを虎視眈々と狙う人達は他にもたくさんいた。結婚したことで、月子に経済的なゆとりが生まれたせいか、自分のペースでやれば良いのだという気持ちがどこかに芽生えていた。

隆とは平穏無事に夫婦生活を送っていた。半年以上も仕事もせず専業主婦をやっていると、独身時代がいかに仕事で追われて大変だったかを痛感する。主婦業もそれなりに大変な面もあるが、夫という看板で社会の雑多から間接的に守られる身というのは子供でもいれば別だが、やはり楽には違いない。

隆と義理の母はすぐにでも子供を欲しがった。赤ちゃんはもちろん純粋に可愛いと思えるが、何故か月子は他人の子供を見てかわいいと思うことがほとんどなかった。幼少時からそれは変わらない感覚で、自分でも不思議ではあったが、あまりそれを公言すると冷たくて嫌な人間に思われてしまうような気がして、外向けには「子供は好きだけど縁が無いのね」などと誤魔化していた。だが、本音を言うと、最初から子供は要らないとさえ思っていた。さすがに隆や義理の母にそのことは言えなかった。
 
5月のゴールデンウィークは夫婦別々に過ごした。隆は仲間とテニスの合宿という目的で軽井沢へ出かけることになり、一方、月子は実家に帰省し、久しぶりに武蔵と両親と共に過ごした。

隆は、武蔵に会ったことが無かった。会いに行こうとも言ったことがなかった。聞くと動物を飼ったことが1度も無く、興味も無いと言う。動物に興味が無いということは、月子には残念な事実に思えた。付き合っていた頃は武蔵のことも逆に冷静に見ているからこそ干渉しないでいると思っていた。好きなこと、趣味は別々でも構わないと思っていた。むしろそれぞれの世界が広がるからそのほうが良いとさえ思っていた。しかし、いざ結婚してみると、好きなことや趣味に共通点を持っているほうが理解しあえる、夫婦として分かち合える気がした。

占いという共通のものはあるが、最近ではその共通の占いが2人の間を無神経にかき乱している事実があった。義理の母が隆と月子の占いの結果を毎月ファックスで送信してくるのだった。それだけではない。旅行する方角は強殺だから止めるようにとか、細かい部分にまで口を挟むようになってきた。月子自身勿論占いに興味はあった。助けられることもあった。しかし、占いに主導権を握られる生き方は勘弁して欲しかった。占いはあくまでも方向性を示唆してくれるもの、人生の主人公はあくまでも自分自身のはずだった。義理の母は良かれと思って善意でやっていたとは思う。

だが次第に月子は苛立ちを隠せなくなっていった。隆は母親のすることに荒立てるほどの問題ではないだろうと逆に月子を責めた。
                        
 7月10日、武蔵が死んだ。肝硬変だった。連絡を受けた夜、月子は号泣した。朝まで泣き続けた。泣き過ぎて呼吸困難になるほどだった。隆は別室で寝ることになった。武蔵のことは「そう、気の毒なことになったね」と言葉をかけてくれたが、月子がベッドルームで泣いている間、リビングルームでコメディを観て笑っていた。隆の高笑いする声が耳に何度も木霊した。

翌朝、腫れあがったお岩さんのような目で化粧もせず、マンションを出た。隆からは「化粧くらいしたらいいのに」とだけ言われた。それ以外の言葉は無かった。武蔵の棺には母の好きなひまわりの花びらが所狭しと並べられていた。安らかな顔だった。動物霊園で火葬された武蔵の煙は火葬場の煙突から夏の高い青空にどんどん昇り、空のかなたに素早く吸い込まれてあっという間に消えて無くなった。残された骨は大きな白い壷に入れてもらい、月子はその壷を白い木綿の布で包んで大事に抱えて実家に持ち帰ることにした。

結婚1周年の記念と誕生日を兼ねて、親しい友人を何人か招待してパーティを企画した。隆とはすでに別居に近い状態で、彼は義理の父が所有する目黒にあるマンションに週の半分以上は寝泊りするようになっていた。だが、隆は友達の手前、昨夜から幡ヶ谷のマンションに戻っていた。 あくまでも演出のため、世間体のためだった。集まった友人達は疑うことなく2人を祝い、新婚気分はどうだと冷やかしたりした。友人の大半は隆のテニス仲間で、裕福なお金持ちの息子達ばかりだった。月子は現実の状況から自分の親しい友人を招く勇気はなかった。

招待したのは、事実を知っている実の妹ひとりだけ。隆は意外にも酒豪で、悪酔いする姿はこれまで皆無だった。だが、その夜は違った。酔った隆は何を思ったのかリビングの棚の真中に置いてある白い壷を指差して何故か奇妙な高笑いをした。最近、隆の高笑いの声が妙に耳障りで生理的に拒絶反応を抱いていた月子は露骨に顔をしかめた。

「皆さん、この白い壷にはいったい何が入っているでしょう」

月子は目を疑った。隆は何をしようとしているのか。妹の葉子も月子の心情を察してか唖然としていた。

すると、隆は白い壷をいきなり鷲づかみし、勢いで蓋を開け、中身をテーブルの真中に置いた土鍋にぶちまけた。月子は狂ったように大声をあげながら隆を突き飛ばした。白い壷は宙を舞い、回転しながらベランダの窓ガラスに突入し、粉々に割れた。窓ガラスはひび割れした。

月子は大声をあげたつもりだった。だが、実際は声など出ていなかった。口だけがパクパク開いていただけだった。

友人達は何が起こったのか理解できない表情で立ち上がり、ドアの方に突き飛ばされた隆を抱き起こした。妹の葉子は泣きながら白い壷と床に散らばった武蔵の遺骨をかき集めた。放心状態の月子は座ったまま動けなくなった。隆は侮蔑した表情で何も言わず友人達と部屋を後にした。